~モデルと出会ってから本番まで、わずか数日。準備と偶然が交差した海外ステージ~
岩手・盛岡の『Colette HAIR』菊池貴史さんと、菊池光菜実(以下、みなみ)さんが、マレーシアで開催された国際的なヘアショー(資生堂プロフェッショナルとシュワルツコフ プロフェッショナル共催「EAST MEETS WEST ―THE HAIR ARTISTRY UNLEASHED-」)に日本チームとして出演しました。約1,000人が集まる会場で、HERALBONY × ANREALAGEの衣装と共に、テーマ「水」を表現。現地入りしてからモデルを決め、限られた時間の中でデザインを組み立てた2人に、海外ステージで生まれた表現と、その舞台裏を聞きました。

【菊池さん達が出演した「EAST MEETS WEST ―THE HAIR ARTISTRY UNLEASHED-」の様子】
日本チームとして、約1,000人が集まるステージへ
今回の出演につながったのは、菊池さん達が資生堂プロフェッショナルの2026年春夏の広告のキービジュアルのヘアを担当したことでした。アジアを中心に発信されたビジュアルが現地でも評価され、日本から招くゲストスタイリストとして声がかかったそうです。当初すべて菊池さんが担当する予定だったところ、菊池さんの推薦により、そのうちの1人をみなみさんが担当することに。今回、2人でステージに立つことになった背景には、スタッフに経験の機会をつくりたいという菊池さんの思いがありました。
「できるだけチャンスがあれば、スタッフにも経験してもらいたいと思っています。そのためにクリエイションも続けているので、今回もいい機会をいただきました」(菊池さん)
会場には美容師だけでなく、現地のファッション誌やインフルエンサーなども来場。2人にとって、これまでで最大規模のステージでしたが、菊池さんは「プレッシャーよりワクワクのほうが大きかった」と話します。みなみさんも、袖では緊張したものの、始まってからは落ち着いて臨めたと振り返ります。
岩手で育まれたつながりから、パリコレの衣装へ
日本チームの世界観を決定づけたのが、HERALBONY × ANREALAGEによる衣装でした。実際にパリコレクションで発表されたコレクションを借り受け、6人のモデルが着用しました。菊池さんとHERALBONYの交流は、ブランドが現在のように広く知られる以前から続いています。同社共同代表の松田文登さんとは以前から親交があり、みなみさんが松田さんのヘアを担当してきたほか、『Colette HAIR』の新店舗にはHERALBONYのタペストリーを飾っています。また、菊池さんは、HERALBONYの契約作家によるアートをオマージュした作品を制作しコンテストで賞を受賞するなど、岩手を拠点とするつくり手同士として交流を重ねてきました。
その後、HERALBONYとANREALAGEがパリでコレクションを発表。菊池さん達は「ついにパリコレまで行ったね」と話していたそうです。まもなく、今回のマレーシアでの出演が決まり、菊池さんはすぐに松田さんへ直接電話しました。
「岩手から日本代表として行かせてもらうので、できればHERALBONYさんの力やデザインもお借りしたいとお伝えしたんです。ダメ元でお願いしたのですが、その場で快くOKをいただきました」(菊池さん)
さらにANREALAGEの協力を得て、パリで使用された衣装がそのまま届けられることに。通常では難しい、異例の貸し出しだったといいます。強い色彩とボリュームを持つ衣装に対し、ヘアをどこまで主張させるか。そのバランスがデザインの鍵になりました。
「衣装に負けないクリエイティブ性は必要ですが、ファッションとしてのおしゃれさも残したい。衣装に対して“やり過ぎていない”と感じられる、ちょうどいい強さを考えました」(菊池さん)

【色鮮やかな柄とボリュームのあるフォルムが特徴的な衣装とヘアのバランスがポイント】
現地入りしたその日にモデルを決め、翌日には仕込みへ
衣装と演出の準備は日本で進めたものの、完成するヘアデザインは事前に決め込んでいませんでした。モデルが現地で決まるためです。2人がマレーシアに到着すると、その日のうちにモデルオーディションが行われました。候補者は約10人。カットできる長さやブリーチの可否を確認しながら、約1時間で6人を選ばなければなりませんでした。
「僕はいつも、実際にモデルさんに会って素材を見てから考えます。髪質や毛量、モデルの雰囲気、どこまで切れるのかを見て、その人に合わせて決めていくんです」(菊池さん)
ショートヘアのモデルを見た瞬間、ステージ上でカットするメインモデルは「この人」と決定。一方、ミディアムまでなら切れる予定だったモデルが、相談の末にボブを受け入れてくれるなど、現地で判断するからこそ可能性が広げられるという場面もありました。
翌日は午前10時から午後3時まで仕込みを実施。菊池さん、みなみさん、日本から同行したアシスタント1名に加え、現地の美容師もサポート。ブリーチの抜け方や髪の動きを確認しながら、衣装とのバランスを見てデザインを詰めていきました。
日本から持参した造形用の材料は、スタッフと制作した約30枚の「ヘアシート」です。「ヘアシート」は、使用しなくなったウィッグやエクステ、過去の撮影で使った毛束を再利用して作成。髪を裂いたり切ったりして重ね、ハードスプレーで固定。クッキングシートに挟み、衣類用のアイロンで熱を加えて板状にしたものです。大きいものは80センチから1メートル近くあり、色や形の異なるパターンを用意しました。
「モデルや衣装を見てから選べるように、スタッフ総出で様々な色のシートを準備。現地で色々な場面に対応し自由に扱えるようにしておいたことが、即興の表現につながりました。皆の協力なくしてはできなかったことです」(みなみさん)

【左から、制作した約30枚のヘアシート、制作風景、色や毛束を組み合わせたヘアシートのディテール】
「水」を決めつけず、6人のモデルで強さと繊細さを表現
ショーは、日本、マレーシア・シンガポール、ドイツの3チームが出演し、日本チームは「水」、マレーシア・シンガポールチームは「大地」、ドイツチームは「火」を担当しました。日本チームはカットパート、クリエイションパートに各3人のモデルを用意。各パート2人は事前に仕込み、1人をステージで仕上げるという構成で、トップバッターを務めました。菊池さんは、「水」のイメージをどのようにデザインに落とし込んだのでしょうか。
「水には柔軟な流れがあり、強いところも優しいところもあります。技術やスタイルの中でメリハリや抑揚をつくり、繊細さと力強さの両方を感じてもらえればいいと思いました」(菊池さん)

【カットパートのデザイン】
カットパートの事前仕込みをしたのは上写真の中央と右のモデル。中央はナチュラルウェーブを活かしつつ、イエローを中心に複数の色を重ねました。右はカット、カラー共にアシンメトリー。長い髪が歩くたびになびき、見る角度によって異なる表情を見せます。左はステージ上で仕上げたモデルです。

【クリエイションパートのデザイン】
クリエイションパートでは、髪をオールバックにまとめ、すき毛で土台をつくった上にヘアシートを固定していく手法を採用。イメージに合わせてヘアシートを折り曲げたり変形させたりして仕上げていきます。上の写真が事前に仕込んだデザインで、左はV字(この後、ステージでデザインチェンジ)、中央は横への広がり、右は高さを意識して構成。
「最初から細部まで考え過ぎないようにしています。横に広げたい、高さを出したいという軸だけを持ち、モデルに似合わせながら即興でつくっていきました」(菊池さん)
2人で同時にカットし、風と偶然をデザインに変える
カットパートでは、1人のモデルを菊池さんとみなみさんが同時に切る演出に挑みました。仕上げはドライヤーの風とハードスプレーで行い、風で生まれた動きを、そのまま固定していくという演出に。日本ではウィッグを使い、10回以上練習を重ねましたが、毎回仕上がりが異なっていたといいます。
「ありそうで、あまり見たことのない演出にしたかったんです。風の偶然をデザインにする方法は、ライブ感を楽しめると思いました」(菊池さん)

【カットパートでは、2人で1人のモデルを仕上げていった】

【ドライヤーの風とハードスプレーで毛流れをつくっていく演出】
ところが、現地の電源環境との違いから、日本から持参したドライヤーが安定して作動しないことが、前日に判明。最終的には現地にあったドライヤーを借りて本番に臨みました。機材が変われば、風量も髪の動きも変わります。それでも起きた変化を受け入れ、本番では練習以上のデザインにつなげることができました。

【カットパートのBEFORE、AFTER】
菊池さんが1人で担当したクリエイションパートでは、BEFOREとして即興でつくったV字のデザインが良い仕上がりに。本番のステージでそれを上回れるか、緊張もあったそうです。そこで、ヘアシートをその場で裂いたり、急にスプレーとドライヤーを取り出したりと、予定していたものとは別の演出に切り替えたと菊池さん。
「BEFOREで仕込んだデザインが思いのほか面白くできたんです(笑)。さらに良くするために、何でもやってみようという発想でした。こういうアクシデントも含めて、ライブでつくることが好きなんです」(菊池さん)

【事前に仕込んだデザインをチェンジしていく菊池さん】
カットは練習に近い進行だった一方、クリエイションでは、菊池さんが事前の打ち合わせとは違う演出を始めたため、スタッフ達は動揺したそうです。
「予想できないことを始める時もありますが、結果的にはいい方向へ進んでいきます。完成形を再現するのではなく、その場で更新していくのが菊池らしいと思いました」(みなみさん)
「ショーアップされた演出にもかっこ良さはありますが、僕はできるだけ自然にやりたい。シンプルだけれど、おしゃれで印象に残る。そういうステージにしたいと思って臨みました」(菊池さん)

【ヘアシートを裂いたり、ドライヤーを使ったりして、大きくデザインチェンジ】
海外の反応から見えた、日本の美容師の強み
本番で菊池さんの印象に残ったのは、観客の率直な反応でした。カットを終え、モデルのクロスを外した瞬間、客席から大きなどよめきが起こりました。
「日本より反応が分かりやすく、つくっている側にも熱量が伝わってきました。国が違っても、いいと感じてもらえる部分があったのだと思います」(菊池さん)
トップバッターを終えた後は、他チームのステージも見ることができ、国ごとのカルチャーや表現性の違いにも刺激を受けたそうです。マレーシア・シンガポールチームは昆虫を思わせるカラフルで大胆な造形を、ドイツチームは上品な衣装にビッグシルエットのヘアを組み合わせていました。

【マレーシア・シンガポールチームのステージ】

【ドイツチームのステージ】
その中で、日本チームに多く寄せられた言葉は「繊細さ」でした。
「日本の美容師が持つ繊細さを評価してもらえたことは自信になりました。そうした感覚は、世界でも新鮮に映るのだと思います」(菊池さん)
同時に、若い世代だけでなく大人にも響く上品さやファッション性、衣装や所作まで含めたトータルコーディネートを、今後の作品に活かしたいと話します。
自分の好みの外側に、表現を広げる答えがある
最後に、クリエイションに取り組む若い美容師へ、メッセージをいただきました。
「興味のないものほど、なぜこれがかっこいいのか、なぜ評価されたのかを考えてみる。そこに、自分の美的感覚や表現の幅を広げる答えがあることも多いです」(菊池さん)
「日頃からコンテストや撮影に挑戦し、次に進むために何をすればいいかを考え続けることが必要です。私もクリエイションを続けていきたいですし、その経験は、いつかお客様にも還元できると思っています」(みなみさん)
モデルと出会ってから短時間でデザインを組み立て、ステージでは予定していた完成形さえ更新していく。マレーシアでの挑戦は、準備を尽くすことと、その場で変化を受け入れることが相反するものではないと示しました。積み重ねてきた技術と感性があるからこそ、偶然を表現に変えられる。そのライブ感の中に、2人が海外の舞台で伝えた日本のクリエイションがあったのではないでしょうか。

【ステージ終了後、スタッフ全員で笑顔の記念撮影】
菊池貴史/Colette HAIR
きくち・たかし 1986年生まれ、岩手県出身。盛岡ヘアメイク専門学校通信科卒業後、2002年(株)ヒラトヤに入社。2013年『Colette HAIR』を代表の中村勝利氏と共に立ち上げ、現在、取締役副社長兼アートディレクター。卓越したカットを軸にオールマイティな技術を駆使し、セミナー講師も務めている。また、クリエイション活動も熱心で、2016年、「JHA」でライジングスター賞を受賞するなど受賞歴多数。国内のヘアショーにも出演している。@tak.collette
菊池光菜実/Colette HAIR
きくち・みなみ 1996年生まれ、岩手県出身。盛岡ヘアメイク専門学校卒業後、2016年『Colette HAIR』に入社。現在、大通店店長。サロンワークに加え、コンテストやクリエイション活動にも積極的に取り組む。2022年「ミルボンDA-NEXT」FINAL出場、2024年「テーマカット岩手予選」1位、2025年「JHCAヘアカラーコンテスト」準グランプリなど受賞歴多数。@miiiii___colette


