PROGRESS(全国美容経営協会/吉村栄義理事長)は7月26日午後2時から、都内港区のグランドニッコー東京台場で「美容経営シンポジウム」を開催した。昨年3月に予定していたが、コロナ禍で延期になっていた。シンポジウムには会員など600名以上が参加し「パラダイムシフト~ポストコロナに向けた新しい時代の戦略」をテーマに講演やパネルディスカッションが行われた。
プログレスは2003年に「プログレスの会」として設立され、その後2018年に法人格を取得。美容サービス業の生産性向上を事業目的の最優先項目に掲げている。現在約40社(700店舗)が加盟している。
シンポジウムでは(株)アルテサロンホールディングスの創業会長吉原直樹氏がファシリテーターを務めた。吉原氏は挨拶ではじめに約3年に及ぶコロナ禍を振り返り「美容業界も大変な様変わりをした。本来なら10年かけて行うような改革を2、3年でやり遂げなければならないという思いだ。業界はここ10年、15年の間に技術からマーケットへという変わり方をしている。これまでアナログで行われていたマーケティングが、ホットペッパービューティー等のようにどんどんデジタルマーケット化してきている。これに拍車をかけるように、インスタグラム等のSNSも効果的に活用しないと集客が難しい時代になってきている」と世の中の価値観が大きく変化していることを強調した。吉原氏はまたZ世代と言われる若い世代の価値観についても触れ「教える代償として恩を求めるような徒弟制度的な考えは彼らに通用しない」とした上で、「今は経営者の時代から美容師の時代に変わっている。20代の美容師が組織についてくるような価値観で事業を進めなければ生き残りは難しい。今日はその解決策のヒントを探りたい」とテーマの狙いを説明した。
講演のトップバッターはホットペッパービューティーアカデミーでアカデミー長を務める千葉智之氏。同アカデミーでは、美容界に特化してサロン経営に役立つ様々な調査・研究を行いセミナーの開催等を通じて情報提供に力を入れているという。「ポストコロナの4つのポイント」について講演した千葉氏は、「美容は人に必要不可欠なもの」「ご近所ライフ充実」「平日利用促進」「顧客接点の進化」などコロナ禍で起きた4つのトピックスを紹介しながら美容業界の今を語った。この中で、非常事態宣言後の各メニューの回復力に関するデータでは1位=ヘア、2位=エステ、3位=リラクゼーション、4位=アイ、5位=ネイルを挙げ、その理由を「力強く回復したヘアは必需品。濃厚接触サービスのエステ、リラクゼーションが上位に入ったのは意外だったが、コンプレックス解消需要(エステ)やご褒美需要(リラクゼーション)的な意味があったのでは」と分析した。
半径2キロメートルの生活圏ですべてを済ませようとする「ご近所ライフ充実」では、リモートワークの増加に伴うホームケア、高級美容家電の伸びなどお金の使い方に変化が起きていることが指摘された。また、コロナ前から高まりを見せていた「平日利用」はリモートワーク等で拍車がかかり、柔軟なプライシングも可能になったという。「顧客接点の進化」については、接触メニューを減らしたり個室化(接触人数減少)をはかったサロン、鏡面にデジタルで情報を流し顧客との新しいタッチポイント(接点)をつくったケースなどが紹介された。
千葉氏は最後に、ニューヨークタイムズがイタリアで行った「ロックダウン解除後に真っ先に行きたい場所は」というアンケートで美容室が第1位だったという記事(2020年5月)を取り上げ「あのイタリアでレストランやバーではなく美容室が選ばれたことに美容の大いなる可能性を感じる」と結んだ。
二番手の菅野久幸氏は現在(株)MINX world取締役として銀座店ディレクターも務めるマーケティング責任者。菅野氏ははじめに2021年が西洋占星術上の「風の時代」の始まりだとし、世界がこれまでとは全く違った常識や社会の転換期に入っていくこと、そして同時代をつくるリーダーがZ世代(現在7~25歳)であることを指摘した。その上で「他の業種に先駆けて風の時代が始まっていた美容界では様々な雇用形態や価値観の変革が言われていて、美容師も組織に属しながら自由な生き方を求めるという傾向がこのコロナで一気に加速したように思える」と語った。
「人材育成を軸にした経営に徹する」という同社の基本方針でサロン運営を行ってきたという菅野氏は、コロナ禍におけるスタッフ教育の実例を紹介しながら「目指すべきリーダー像」や「トップのスタッフとの向き合い方」「マーケティングビジョン」「SNS教育」「社内DXの推進」など多岐にわたるテーマについて縦横無尽に持論を展開した。この中で、ポストコロナの時代にどんなリーダーを目指すべきかについて菅野氏は、従来の支配型リーダーシップではなく対話を通じてスタッフの能力を引き出し成長へと導くために、彼らの目標や自己実現を支援するサーバント(召使い)リーダーシップの重要性を強調した。また、入社前内定時から学んでもらっているというSNS運用については、1年目で各種SNSの特性や機能、社内成功事例等に触れながら、ブランディングやマーケティングとは何かを学び、好きで得意なデザインや技術を見つける勉強会も行っているという。2年目、3年目以降は更に高度化し、4年目(スタイリストデビュー)は集客の方向性や戦略づくり、デザイン(作品)のポジショニング設定とフォトシューティングまでをマスターできる教育を行っている。いっぽう、美容室におけるデジタル化問題では「スタッフの負担を減らし業務の仕組みや質を向上させることで生産性アップにつなげていく」として、美容業界もデジタルへの転換期を迎えていることを強調した。
最後に登壇したM.SLASHホールディングスの岸井貞志代表は、美容業からウエルネス産業の壁、理念浸透の壁、美容師免許規制緩和の壁など岸井氏が現在感じているという7つの「壁」をテーマに、ユニークな持論を展開しながら悪戦苦闘ぶりを語った。ヘアを中心にネイル、スパ、美容学校、ペット、保育、フィジカルビューティスタジオ、飲食など多角的に事業を展開している同社では、現在のトータルビューティサロンの先に想定される業態として「ウエルネス」を掲げており「市場性の大きさや成長の可能性に注目している(岸井氏)」という。同社スタッフの奨学金(学資ローン)について調べているうちに美容学校設立に行き着いたという岸井氏は「2年間の養成制度に疑問を感じて通信の美容学校をつくったが、行政から指導を受けたため昼間課程も設けた。しかし、業界にとって大きな課題である人材不足を考えると現行の制度では人材の流入は益々厳しくなる」と述べ、必要なスキルだけを少ない学資で身に付けられるような制度およびそれを実現させるための規制緩和を訴えた。
講演終了後のパネルディスカッションには三講師のほかゲストとして東京都美容生活衛生同業組合の村橋哲矢専務理事、WWD JAPANの村上要編集長を迎え吉原直樹氏の進行で進められた。三講師には、吉原氏からそれぞれの講演内容をさらに深掘りするような質問が投げかけられた。美容師のデジタルスキルに関する実力を問われた千葉氏は「全体の底上げは間違いなく出来ている」、またいち早くデジタル化を取り入れたミンクスが成功した要因を聞かれた菅野氏は「ホットペッパーの様々なアドバイスを踏まえた上でミンクスらしさを展開できたことでは」とそれぞれ答えた。
吉原氏からトータルビューティをやり切れているキモを尋ねられた岸井氏は「ヘアよりもネイルの伸び率が大きい。やはり長く携わっている人が思いを込めて試行錯誤を続けていることがミソ」と応じた。
村橋氏は、コロナ禍で地元消費の傾向が強まった時の組合員の対応について「上手くマッチングできたサロンでは新規客を入れられないほど伸びたようだが、対応が上手くいかず廃業に追い込まれた店もある」と報告した。いっぽう、ファッション業界におけるコロナの影響や生活者の変化等について聞かれた村上氏は「自分を見つめる時間が長くなり、皆新しい自分を探し始めているようだ。こうした変化に対処するため売り手側もどんなアイテムを提案しどんな接客をすればいいかを考え始めている」と語った。
ステージでは最後にプログレスのメンバーが紹介され、吉村栄義理事長が「今日のシンポジウムの中から一つでも持ち帰ってもらえるものがあったら嬉しい」と挨拶した。
シンポジウムには600名以上が参加した
挨拶する吉原直樹氏
千葉智之氏
菅野久幸氏
岸井貞志氏
講演後に行われたパネルディスカッション
左から吉原、千葉、菅野の各氏
左から岸井、村橋、村上の各氏
閉会の挨拶をする吉村栄義理事長(右端)
取材:小牧 洋