東京都美容生活衛生同業組合(通称:BA東京/金内光信理事長)は5月13日正午過ぎから、東京ビッグサイト東2ホールで「新時代の美容とデジタル」をテーマにしたトークセッションを開催した。ビューティーワールドジャパン東京(主催:メッセフランクフルトジャパン株式会社)におけるヘア&ネイルステージの企画として行われたもので、金内理事長、村橋哲矢専務理事と3名の若手美容師が、デジタル技術の浸透に伴い変革期を迎えている美容業界で起きているSNSを活用した集客戦略やVRを用いた実践的な教育、技術者の早期育成プログラム、デジタル採用等業界の最新動向にスポットを当てながら、DX時代における美容業界の可能性や課題について話し合った。会場には定員の120名を超える約150名が参加し立ち見が出る盛況ぶりだった。
トークセッションに参加した若手美容師は(株)スリー代表取締役の寺村優太氏、(株)COA代表取締役の青木大地氏、ONYX(オニキス)代表のKOUSEI氏。寺村氏は2020年にスリーを立ち上げ、VR技術を活用した教育プログラムを構築。現在多くの美容学校やサロンで導入されているという。青木氏は170坪のコア銀座をはじめ現在4店舗を展開中。最新のデジタルを活用して驚異的な売り上げを実現している。KOUSEI氏は2020年に表参道にオニキスをオープン。透明感や立体感のあるヘアカラーデザインが話題を呼び一躍人気サロンとなった。インスタグラムのフォロワー数は20万人以上。
セッションでははじめに金内理事長がテーマの狙いなどについて説明した。この中で金内理事長はかつて世界第2位だった日本のGDP(国内総生産)が落ち込んでしまった主な原因に触れ「人材育成やIT分野に投資してこなかったことが大きい。美容業も同様で結果的に低い労働生産性に甘んじているのが現状だ。サロンの現場でこの問題に取り組んでいる方々に集客や教育、求人等の分野でデジタルをどう活用したらいいのか、どんなデジタル化が可能なのか等について意見を伺いたい」と述べた。金内理事長、村橋専務理事および3氏の発言要旨は次の通り。
(金内光信理事長)
昔のインターン制度時代と違って今の美容学校卒業生はすでに美容師として入店してくるが、現場でカットをさせてもらえないことへの不満が非常に多く、離職の理由にもなっている。いっぽう、サロン側にも残業代を支払いながら2年も3年も教育するという時間的、経済的な余裕は無く、早期育成は育てられる側はもちろん育てる側にとっても長年の課題だった。BA東京もこの問題に正面から取り組み、今年からある企業と提携して半年でスタイリストデビューさせるシステムを導入している。VRを使った育成方法に大いなる可能性を感じている。VRゴーグルの品質改良、関連機材の低価格化などが今後の課題ではないか。
(村橋哲矢専務理事)
BA東京では独自に10本のVR動画(ヘアのほかまつエク、十二単着付け、訪問美容なども)を製作し、体験してもらうため全国に無料で貸し出し(「美デジ」で検索)をしている。VR利用者からは「楽しい」「理解しやすい」「集中できる」「勉強意識が高まる」「実際に施術しているよう」「理解しにくい所を納得いくまで見られるのがいい」など好評価の声が寄せられている。技術修得だけでなく休眠美容師の掘り起こしや修得時間の短縮、指導者の負担軽減のためにVRを活用しているサロンもある。企業規模を問わずに学べるVRは教育格差の是正にもつながるのでは。
(寺村優太氏)
美容業界の教育問題を解決したいという一心で起業し、美容師をやりながらVRを使った教育やサービスを事業として行っている。自分の時間を削って練習するのが当たり前と思ってやっていたが20代で体調を崩し失速した時期もある。同じ理由で離職して他業種へいく友達や後輩をたくさん見て「教育を根本から変えなければ美容師を目指す人がどんどん減ってしまう」という危機感からスタートしている。現在、このVR教育を全国15校の美容学校で実施し累計で約2000台のゴーグルを教材として使用している。その結果、国家試験課題の授業の修得時間を大幅に短縮でき、余った時間でカラーやパーマ、まつエクなど従来は就職したサロンでコストをかけて学んでいた科目を美容学校時代に修得できるためのサポートを行っている。この教育方法は新しい概念ということもあり「やはり直接教えなければ駄目」という声も頂くが、こういう新しいデジタルを活用することで美容教育のステージをワンランク上げられると考えている。
「美容業界で働くすべての人のウェルビーイング(幸福な状態)を高める」を会社の存在意義に掲げている。この業界は頑張れば経済的にも社会的にも満たされる状態になると思うが、いっぽうで心身ともに疲弊している美容師が多いのも事実。働き方改革が叫ばれる折、美容業界も今までのやり方一辺倒から脱皮してデジタルを取り入れながら効率化を図っていくことが重要ではないか。デジタル化の推進で大事なことは人事評価の改善。デジタル導入の失敗例で多いのは、コストをかけて自店のカリキュラムをVRで動画化したのにスタッフが関心を示さなかったため「需要無し」と判断して中断してしまうこと。VR動画で勉強し修得することによって自分がどう評価され、給与にどう反映されるかを先に示すことが重要なポイント。美容学校も同じで、ただVR教育導入の目的を教員が共有するだけでなく、それを実践することで教員の評価がどう変わるかまで共有できるかどうかが、導入成否の分かれ道になっている。
採用面でも今後影響がでてくると思う。入社後は現場ですぐに活躍したいと思ってデジタル教育を受けている学生からすれば、採用面接時にそのことを軽視されたら違和感を覚えるので結果的にミスマッチにつながってしまう。
(青木大地氏)
教育をバーチャル化しているがそのシステム化が進むほどに教える側と教わる側の双方に「時間の大切さ」が共有されてきている。新人教育で時間を取られるという問題をデジタルでどう解決するか。地道に一つずつ解決することで結果的に生産性が向上し大きな売り上げ達成にもつながっている。美容師15年目だが入社当時は業界にデジタルは無く、練習も朝6時からと営業終了後は午前3時までというのも普通だった。自分は頑張ったが教育格差ゆえに伸び悩んで離職したスタッフもいた。そういう仲間をたくさん見て、自分は何をすべきかを考えた時「自分が先輩から教わったことを後輩に伝えるにはテクノロジーの活用が有効では」と思った。そのきっかけは専門学校時代からの友人である寺村氏の「VRで起業する」という一言。最初は驚いたが共感できたので自社のシステムもすべてをVR化した。VRによるアカデミーも立ち上げ、今日もこの会場でトークしながらアカデミーではバーチャル上で受講生たちにカットを教えています。デジタル活用のおかげで生み出せた時間を使って更なる利益を生む。こういう取り組みを行う仲間を増やすことが業界全体の生産性向上につながると思う。
うちの会社も寺村氏のように美容学校と業務提携していて、学生はバーチャル上でいつでも様々な技術の修得ができるというメリットがある。いっぽう、こちらにも学生たちの適性を判断できるというメリットがあるため採用後の現場教育がとても楽です。適性があって事前にVRでカリキュラムを行っているので、今までの4倍という成長スピードを達成しながら逆に教育コストは下げられる。スタイリストデビューまでの期間が予想以上に短縮化(約1年半)しているので出店スピードも上げている。
(KOUSEI氏)
SNSは誰もが簡単にしかも無料で発信できるので会社でも力を入れている。自分で考えたSNSによる集客方法が成功し、今では予約が2ヶ月待ちという状態になっている。このやり方を社員にも教えており、デビュー当時は50万円くらいだったスタッフが約半年後に240万円を達成したケースもある。ただ、スタッフ全員に同じ熱量で教えることは難しいので、今後はデジタルを活用したシステムの構築を考えている。店でのデジタル導入はまだだが、デジタルによる早期育成には非常に高い関心を持っている。
金内光信理事長
村橋哲矢専務理事
寺村優太氏
青木大地氏
KOUSEI氏
立ち見が出る盛況だった