僕のBOOKストーリー  第1回/黒須光雄(蔦tuta)
ブックの持ち込みから、すべては始まった

かつて『SHINBIYO』編集部にBOOK(その人の作品をまとめたもの)を見せにきてくださり、現在は、誌面や他の媒体で活躍されている美容師の方に、BOOKにまつわるお話をお伺いします。第1回は、今、最も注目されている30代美容師の一人、『tuta』の黒須光雄さんです。

――BOOKを持ちこもうと思ったのはいつ頃ですか? また、何かきっかけがあったんですか?

今から4~5年前ですね。お店も軌道に乗って、自分自身30歳前で何か新しくチャレンジしたいと思っていた時期でした。僕はずっと業界誌を読んで育ってきたんですが、自分もいつか出たいと思っていて、カバーを担当するのが夢だったんです。でも、その頃は、業界誌で仕事をしている美容師の知り合いもいないし、どうしたら雑誌に載せてもらえるのか、雑誌をつくっている人とどうやったらつながれるのかさえもわからなくて。そんな話を、懇意にしているメーカーの方にしたら、「こんなイベントがありますよ。そこで、編集の方を紹介します」と誘われて、ある業界誌の公開撮影会に参加することにしたんです。

――その時に初めて、BOOKを持っていったんですか?

とりあえず、手ぶらではいけないと思い、当時、自分で撮っていたサロンワークベースの写真をかき集めて、BOOKをつくりました。僕の初のBOOKですね。それを、撮影会のイベントが終わった後に、編集の方に見ていただきました。

――その時は何と言われたんですか?

すごく細かいことまで指摘していただきました。「ヘアスタイルがまとまり過ぎ。毛の動きが均一で面白みがない」「カラーデザインの入れ方がわかりやす過ぎる、もっとオリジナルな入れ方をしたほうがいい」とか。あとは、何となく店の白い壁の前で撮っていたのですが、「白バックの中でも、もっとストーリーを感じさせる写真を撮ってみたら?」と言われました。当時はピンとくるところと、こないところがあったのですが、今思い返すと、もっともなことばかりで、本当に勉強になりましたね。

――そのアドバイスを受けてどう思いました?

その時の自分のスタイルって、どこかで見たことのあるようなもので、オリジナリティがないということを、改めて気づかされました。それから、写真のクオリティが低すぎることも痛感。それで、ちゃんとフォトグラファーに頼んで撮影しようと思ったんですが、そのつてもない(笑)。どうしたものかと思っていたときに、たまたま参加した他のサロンのイベントで、美容業界誌でも活躍されていて、僕もよく作品を目にしていたフォトグラファーに会いました。名刺交換をしたらその方も高円寺に住んでいるということで、「これは運命だ」と(笑)。

――その運命的な出会いから作品撮りをするようになったとのことですが、撮影の際、心掛けていることなどはありますか?

とにかく続けようと。毎月、必ず撮影をすると決め、それを3年間続けました。最近は、フォトグラファーが多忙になってしまったこともあり、年に3~4回になりましたが撮影は続けています。作品撮りを始めるにあたって、彼に言われたのが「毎回2体(または4体)撮影しましょう」ということ。BOOKって見開きで構成するじゃないですか、だから、見開きごとに対になっているほうが、見る人に世界観や作品のテーマ性が伝わりやすい。左右のページで、世界観も画角も違うと、その違いに目がいってしまって見にくいと。そう言われて、「なるほど」と思い、今でもそのスタイルで撮影しています。

黒須さんがBOOKで心掛けているのは、見開きページで世界観と画角を合わせること。

――作品撮りを本格的に始めてからは、新しいBOOKをつくって、どこかに持ち込んだのですか?

しばらく作品がたまるまでは、誰にも見せていないですね。ただ、いろいろと出会いがありました。この頃、うちのサロンでヘアショーをやったんですが、それを『SHINBIYO』の編集の方が見に来てくれて。それがきっかけとなり、『SHINBIYO』のニューカマー企画をいただきました。

SHINBIYO2014年10月号 「今月の注目デザイナー」

――新しいBOOKを持ち込む前に、雑誌の企画を担当していたんですね。

作品撮りはしていましたが、BOOKは持ち込んでいなかったです。今、思うとラッキーでしたね。撮影の時に、編集の方に「今度、BOOKを持ってきてください」と言われて、BOOKをちゃんとまとめなきゃと思ったんですよ。

それから、その時に『TOMOTOMO』のオーディション企画に誘われて参加し、シルバープライズを受賞。その後、『TOMOTOMO』からもデザイン集の依頼をいただきました。

新しいBOOKを見ていただいたのは、『TOMOTOMO』のオーディション企画の2~3か月後ですね。『SHINBIYO』の撮影を担当してくださった編集の方にアポを取りました。この時には新しく撮り下ろした作品が10点以上あったと思います。

TOMOTOMO2014年12月号 「スターオーディション」

TOMOTOMO2015年3月号 「トレンド☆質感バリエーション」

――その時の編集の反応は?

「黒須さんの好きなサロンとか、テイストがよくわかりましたよ」と言われて。この頃は、少し自信がついてきた頃だったのですが「自分のスタイルって、まだどこかで見たことのあるようなものなんだな。もっと自分ならではのデザインがつくれるようにならないと」と反省しました。それから、その時に「カラーが面白い」と言われて、それまではどちらかというとパーマデザインが多かったのですが、カラーのデザインを積極的につくるようになりました。

――黒須さんというとエッジの効いたカットとカラーのイメージがあるのですが、その時からなんですね。その後も、他の方にBOOKを見せましたか?

他社さんなんですが、有名な美容師の方々にBOOKを見ていただけるイベントがあり、そこに参加して、アドバイスをいただきました。褒めていただいた方もいるし、「面白くない」とボロクソに言われた方もいましたが、とても勉強になりましたね。そのイベントに参加してから、その業界誌さんからもご依頼をいただくようになりました。

――BOOKをボロクソに言われて、頭にきたりしませんか?

その時は落ち込みますけど…、逆に僕は褒められるほうが不安ですね。今のお前の評価はこれだって、はっきり言われたほうがいい。伸びしろがあるから、アドバイスもいただけるんだと思うので。「いいんじゃない」って言われたら、終わりかなと思います。

――その後の黒須さんのご活躍は、みなさんご存知の通り。数々のコンテストで受賞され、弊誌でも2018年12月号の表紙を担当。インタビューの最初におっしゃっていた「業界誌の表紙を担当する」という夢を、5年弱で叶えられました。最後に、これから作品撮りをしてBOOKを持ち込もうと思っている方にメッセージをお願いいたします。

とにかく撮影が上手くいってもいかなくても続けて、作品の数をある程度揃えること。それから評価してもらったほうがいい。1つの作品だけを見てもらっても自分の実力って伝わらないと思います。

また、作品を評価される上で、「自分ならでは」のデザインってことに絶対にぶつかる。それを見つけるために、自分は何が好きか、客観的に見てみるといいと思います。髪だけでなく、ファッションやカルチャーまで含めて深堀りしていくと、自分のテイストとか、作風が見えてくる。その一方で、自分が好きなものだけじゃなくて、好きじゃないものをたくさん見ることも大切。好きなものを深く知る上で手掛かりになるし、自分の引き出しになるので。作品って、結局は自分の引き出しの中からしかつくれないから、引き出しの中身はできるだけ多いほうがいいと思います。

あとは、行動することですね。僕も、今思い出すとちょっと恥ずかしいレベルのBOOKを持っていったことから、始まった。そして、なんとかチャンスが舞い込んだ時に、それをがっちりつかめるように、日頃から準備をしておくことも大切だと思います。

SHINBIYO2018年10月号では、表紙を担当。

黒須光雄/蔦tuta

くろす・みつお 1985年生まれ、栃木県出身。山野美容専門学校卒業。都内1店舗を経て、2011年、代表の内山 彬氏らと、東京・高円寺に『tuta project合同会社』を設立。現在6店舗を展開し、『蔦tuta』店店長を務める。2017年、2018年連続で、JHAニューカマーオブザイヤーにノミネートされている。