一般社団法人・日本美容福祉学会(山野正義理事長)は10月29日、都内八王子市の山野美容芸術短期大学メモリアルホールで「第19回学術集会(後援=厚生労働省、文部科学省)」を開催した。集会では「人生100年時代における美齢の可能性」をテーマに基調講演やシンポジウム、研究発表など多彩な切り口で美容福祉の新たな可能性を探った。集会には、NPO全国介護理美容福祉協会に登録している理美容師や同短大の学生など多数が参加し、出席者の発言に熱心に耳を傾けていた。
午前10時から始まった集会では初めに、アメリカ出張中の山野理事長によるメッセージが木村康一同短大副学長から紹介された。それによると同学会は1999年に設立され、翌年から学術集会が行われるようになったという。この間、美容福祉に関わる多くの研究者や諸団体による積極的な研究・教育・実践が続けられた結果、超高齢社会となった日本においてこの美容福祉という言葉は「今や不可欠」としている。その上で山野理事長は「美容福祉を更に高めていくためには、現在我々が積極的に取り組んでいるジェロントロジー(美齢学)の研究および教育、普及活動も不可欠だ」と、参加者にジェロントロジーを学ぶことの必要性を訴えた。
山野正義理事長のメッセージを代読する木村同短大副学長
続くシンポジウムでは木村康一座長、富田知子(同短大教授)副座長のもと、訪問美容、文化社会学、医学というそれぞれ異なる分野で活動している湯浅一也(株式会社un代表)、米澤 泉(甲南女子大学教授)、山田秀和(近畿大学アンチエイジングセンター副センター長)の3氏が、「人生100年時代における美齢の可能性」というテーマで研究・活動の現状や課題等について語った。
湯浅氏は訪問美容の立場から「美に対するあたりまえをあたりまえに」と題して、訪問美容を志した理由や仕事に対する誇り、利用者の変化などについて熱く語った。北海道出身の湯浅氏は専門学校時代に「身体が不自由な人々は雪の中どうやって美容室に通っているのか」という疑問から訪問美容の存在を知ったという。上京後原宿の美容室で働いているとき、顧客から「身内が介護施設で変な髪型にされた」という声を立て続けに聞いたのをきっかけに、「訪問美容こそ自分がやるべき仕事」という使命感から2012年に若干25歳という若さで現在の会社を立ち上げた。現在、関東全域を対象に35名のスタッフと9台の車両で170軒以上の施設にサービスを提供している。
「身体が不自由になったり介護施設等に入っても以前と同じように美容サービスを受けられることが大事」をモットーに7年間訪問美容を行ってきた今、訪問美容という仕事に対する社会や利用者の家族、介護施設等の認識にも変化が起きてきているという。
接客の工夫や人材教育等を通じて常に質の高い訪問美容を目指してきたという湯浅氏は、最後に「介護度4で心を閉ざし身体を動かすことも困難だったお客様が、我々のサービスを受けているうちに『今まで通っていた美容室で髪をやってもらう』という目標を持ち、1年後には介護度2にまで改善。現在は家族のサポートのもと美容室へ行けるようになった」という事例を紹介、「そのお客様はunの訪問美容は卒業なさいましたが、改めて美容の力の凄さを我々も実感しました」と結んだ。
湯浅一也氏
いっぽう、40代以上の女性ファッション誌をもとに「人生100年時代における美麗の可能性」を考察した米澤氏は、従来は高齢者としてひとくくりにされていた世代がまだまだ現役世代としてクローズアップされようとしている中、「美そのものや高齢者という概念にも見直し・再構築が求められている」とした上で、60代向けファッション誌の創刊や、今や若い世代のお手本にもなっているとしてマスコミでも脚光を浴びている「アドバンストスタイル」や「グレイヘア」を紹介した。そして「自分は高齢者という意識のない60代、70代女性が美の価値観を変えようとしている。年齢を重ねることが楽しみになる世の中を実現することが課題では」と指摘した。
米澤 泉氏
近畿大学奈良病院皮膚科教授で日本化粧療法学会理事も務める山田氏は「見た目の科学とアンチエイジング」と題して、急速に拡大している美容医学の現状や今後の展望などについて様々なデータを駆使して解説した。山田氏によると「健康から美が生まれる」という従来の考えは「見た目を若く美しくすることが健康(=老化を遅らせる)につながる」へと変わり、世界では実際に老化の速度を遅らせる「アンチエイジング薬」の開発も始まっているという。質疑応答のあと木村座長から「理想的な100歳とは」と問われ、湯浅氏は「意欲を持って街に出る」、米澤氏は「年齢を重ねることが楽しみになる」、山田氏は「薬で老化を遅らせ、ピンピンコロリ」とそれぞれ答えた。
山田秀和氏
午後からは基調講演が行われ、初めに元厚生労働省老健局長で現在、日本製薬団体連合会会長を務める宮島俊彦氏が「人生100年時代の地域包括ケアシステムと美容福祉の意義」をテーマに、続いて(株)プレイケア代表の川﨑陽一氏が「今シニアが求めるもの~保険外サービスとしての美容の新事情」をテーマにそれぞれ人生100年時代に向けた提言を行った。
宮島氏は、昨今話題の「健康寿命」「地域包括ケアシステム」といった健康関連用語の概念や課題などについて解説。この中で地域包括ケアシステムの課題として「自立支援に資するサービスの実現」「生活支援・福祉サービスの提供」など5点を挙げ「福祉美容はQOL(クオリティ・オブ・ライフ)に大きく貢献するだけでなく、医療・介護費の抑制という観点からも意義が大きいのでは」と語った。
宮島俊彦氏
また、大手ゲーム機メーカーの社内ベンチャー大会で入賞したのを機に起業し、現在担い手の発掘や「通いの場」の創造など3つの事業を通じて「社会参加寿命」の延伸をサポートしているという川崎氏は、具体的な実践例を多数紹介しながら介護保険外サービスの可能性や美容の関わり方等についてアドバイスした。そして、美容への期待としてとくに「通いの場の創造」を挙げ、「様々な機関や施設などと積極的に連携し“楽しい美容講座”をつくって欲しい。それが長続きする秘訣」と訴えた。
川﨑陽一氏
学術集会ではこのほか、別会場の美道ルームで多彩な研究発表も行われた。発表会では同短大をはじめ8つのグループ、団体、企業等が「高齢者の歩行能力向上を狙いとしたレジスタンストレーニングの開発(山野美容芸術短大、服部栄養専門学校)」「セルフ美容プログラム事業化への研究(山野美容芸術短大、第一工業大学)」などのテーマでポスターを使って解説した。
美道ルームでの研究発表の様子
このうち、「美容サロンから多目的コミュニティサロンへの展開」をテーマに発表した一般社団法人・美容ケア研究所(愛知県一宮市)代表理事の山下玲子氏(美容室エポック経営)は、美容サロンから発展させたコミュニティサロンという“場づくり”が今や地域住民を繋げる重要な存在になっている現状を報告した。同じくNPO法人全国介護理美容福祉協会に所属する近隣サロンHair Rest代表の西尾栄次氏らと、2017年に様々な世代が利用できる地域密着型の「コミュニティサロンふくび」を設立した山下氏はその後、美容やアロマ講座を提供する「学び処ふくび」、自立度の低下した高齢者等にシャンプー、シェービングなどを提供する「ふくび訪問理美容」をはじめ数多くの「美齢ケアプログラム」を通じて地域住民向けの美容アクティビティを実践しているという。山下氏は発表のあと本紙に「この活動を始めたことで美容という仕事に対するやりがいや誇り、社会との関り方が大きく変わった」と語った。 (記者:小牧洋)